タクボンのこだわり人生

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四国別格 腕輪念珠作り

四国遍路には、八十八ヵ所の札所とは、別に、弘法大師様と縁の強かった20ヶ寺が四国別格20霊場というのをつくってます。

別格20霊場では、納経帳に御朱印を頂く際に、霊場の名前の入った念珠の珠を購入することが出来ます。

珠の種類は、4種類で、男玉・女玉・紫檀・腕輪です。

霊場の珠とは別に親玉を購入するのですが、持ち回りで、弘法大師様と出来る霊場が代わります。

2016年は、8番札所の十夜ヶ橋

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一番左に写っているのが、親玉

 

全ての念珠の珠を揃えると、念珠を作ることが出来ます。

親玉には、一応、房も付いているので、購入した珠だけでも、念珠を作ることは出来ますが、お遍路ショップ等で、房やを変更して仕立てて貰う方も多いようです。

 

ただ、自分が集めたのは腕輪念珠なので、房が付くわけでもないので、自分で各寺で1つずつ購入した珠で腕輪念珠を作りました。

一つだけ、こだわったのは、腕輪を作るための紐。

腕輪の紐が切れて、珠が飛び散った事を考えると、ゾッとします。

たとえ、一つだけ紛失したとしても、その珠を手に入れるためには、わざわざ、その霊場に行く必要があります。

 

そのため、オペロンゴムという、紐を使って腕輪を作りました。

このオペロンゴム、強度は、そこまで強くないけど、繊維が何層にもなって紐になっているので、一度に全て繊維が切れない限りは、飛び散ることがないという代物です。

 

で、出来上がった腕輪念珠がコレ

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1番札所 霊山寺[りょうぜんじ]

竺和山 一乗院 霊山寺

本尊:釈迦如来

本尊真言:のうまくさんまんだ ぼだなん ばく

ご詠歌:霊山の 釈迦の御前に めぐりきて よろずの罪も 消えうせにけり

 

寺伝によれば奈良時代天平年間(729年 - 749年)に聖武天皇の勅願により、行基によって開創されたという。

弘仁6年(815年)に空海弘法大師)がここを訪れ21日間(三七日)留まって修行したという。その際、天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が仏法を説いている姿に似た様子を感得し天竺の霊山である霊鷲山を日本、すなわち和の国に移すとの意味から竺和山霊山寺と名付け持仏の釈迦如来を納め霊場開創祈願をしたという。その白鳳時代の身丈三寸の釈迦誕生仏が残っている。また、本堂の奥殿に鎮座する秘仏の釈迦如来空海作の伝承を有し、左手に玉を持った坐像であり、2014年に4か月間開帳された。

室町時代には三好氏の庇護を受けており、七堂伽藍の並ぶ大寺院として阿波三大坊の一つであったが、天正年間(1573年 - 1593年)に長宗我部元親の兵火に焼かれた。その後徳島藩蜂須賀光隆によって再興されたが明治24年(1891年)の出火でまた多くの建物を失った。本堂と多宝塔以外は近年の再建である。

 

【2016年 逆打ち 車遍路】

義父の供養の為に廻り始めた88ヵ所 逆打ち、この霊山寺で結願。

延べ12日間、長かったような、短かったような
とりあえず、丙申年に廻り終えることが出来た

 

駐車場に車を停めて、売店の横を通って、境内に向かうと「発心」と書かれた鳥居?がある。

(コレって、鳥居よね?)

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境内に向かうと左に山門、右に大師堂、本堂がある。

 

まずは、山門で一礼して本堂へ

山門には、遍路姿のマネキンが・・・

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霊山寺は、これから廻り始める人、逆打ちを終える人で、いっぱい。
お寺も、豪華

 

本堂も大きく、中は広く、煌びやか

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大師堂の前は、お遍路さんがいっぱい。

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納経所は、本堂の中と境内の外の売店の中の2ヵ所あった。

本堂の中の納経所は、靴を脱がないといけなかったので、売店の方で、御朱印を頂いた。

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今日は、初めて17時前に高速に乗って、帰路につくことも出来た。

 

【2017年10月8日 歩き遍路にて】

10ヶ月ぶりに、歩き遍路で再来。

曇り空のせいか、前回のような賑わいがなかった

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本堂も改修中で中に入ることが出来なかった。

残念。

本堂の中にある納経所にも入れないので、納経所は駐車場の方のみ。

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↓大師堂

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↓十三佛堂

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↓多宝塔

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2番札所 極楽寺[ごくらくじ]

日照山 無量寿極楽寺

本尊:阿弥陀如来

本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん

ご詠歌:極楽の 弥陀の浄土へ 生きたくば 南無阿弥陀仏 口ぐせにせよ

 

寺伝によれば、奈良時代(710年 - 784年)、行基の開基という。弘仁6年(815年)に空海弘法大師)がこの地での三七日(21日間)の修法で阿弥陀経を読誦したところ満願日に阿弥陀如来の姿を感得したため、その姿を刻んで本尊としたといい、この阿弥陀如来の後光は遠く鳴門まで達し、魚が採れなくなったため、困った漁民たちが本堂の前に山を築いて光をさえぎったということから「日照山」と号するとされる。

天正10年(1582年)に長宗我部元親の兵火により焼失。万治2年(1659年)に阿波藩主によって再建される。

 

【2016年 逆打ち 車遍路】 

境内には弘法大師が植えたと言われている長命杉がある。

↓山門

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↓本堂

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↓大師堂

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御朱印

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納経所で売っているお遍路グッズは、種類が豊富だった。

 

【2017年10月8日 歩き遍路にて】

ここも、霊山寺と同様に、参拝者は、まばら

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本堂と大師堂は、一段上にある。

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本堂

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大師堂

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長命杉

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空海手植えと伝えられる樹齢約1200年余りの杉。鳴門市天然記念物。

 

3番札所 金泉寺[こんせんじ]

亀光山 釈迦院 金泉寺

本尊:釈迦如来

本尊真言:のうまくさんまんだ ぼだなん ばく

ご詠歌:極楽の たからの池を おもえただ こがねの泉 澄みたたえたる

 

寺伝によれば天平年間(729年 - 749年)に聖武天皇の勅願により行基が本尊を刻み、金光明寺と称したという。弘仁年間(810年 - 824年)に、空海弘法大師)が訪れた際に、水不足解消のため井戸を掘り、黄金井の霊水が湧出したことから寺号を金泉寺としたという。

亀山法皇天皇在位1259〜1274)の信仰が厚く、京都の三十三間堂をまねた堂を建立、千躯の千手観音を祀った。また、背後の山を亀山と名付け山号を亀光山と改めた。また、『源平盛衰記』には、元暦2年(1185年)に源義経屋島に向かう途中本寺に立ち寄ったとの記載がある。

1582年(天正10年)には長宗我部元親による兵火にて大師堂以外の大半の建物を焼失したが、建物はその後再建され現在に至る。境内からは奈良時代の瓦が出土しており、創建は寺伝のとおり奈良時代にさかのぼると推定される。

 

【2016年 逆打ち 車遍路】

88ヵ所 逆打ちも残り3ヶ寺

↓仁王門

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↓本堂

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↓大師堂

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御朱印

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【2017年10月8日 歩き遍路にて】

仁王門

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本堂

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大師堂

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納経所で、歩き遍路の人には「初めての歩き遍路」という冊子を渡しているというコトで、冊子を頂いた。

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大阪の公認先達の方が作られて、数ヵ所の札所で配布しているモノで、頂いたのは、2017年秋号。

情報も新しく役に立つ内容が多かった。

別格1番札所 大山寺[たいさんじ]

仏王山 大山寺

本尊:千手観音菩薩

御詠歌:さしもぐさ たのむちかひは 大山の 松にも法の 花やさくらむ

 

【2016年 逆打ち 車遍路】

別格最後の寺です。

松山の「たいさんじ」と読み方は同じですが、点がありません。

ココまでの車道は離合が出来ない細さの道が永遠と続きます。

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山門の所に車を止めて、山門を潜ると、長い階段が続きます。

ここに来て、ラスボス登場
階段が、ガタガタで、結構、疲れました。

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↓手水舎。水が出るところ、龍?

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↓本堂

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↓大師堂

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納経所に着くと目の前に、駐車場が有るというオチ。
どうも下の山門の所に駐めなくても、車で上まで来れたようです。

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18番札所 恩山寺[おんざんじ]

母養山 宝樹院 恩山寺

本尊:薬師如来

本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか

ご詠歌:子を産める その父母の 恩山寺 訪いがたき ことはあらじな

 

当初は女人禁制の道場で、「花折り坂」より上は女性の立ち入りが許されなかった。弘法大師が本寺で修行していた際、訪問してきた母(玉依御前)のために、仁王門の辺りに護摩壇を築き17日間の修法を行い女人解禁を成就し、母を迎え入れた。玉依御前は本寺で出家・剃髪しその髪を奉納したことから、「玉依御前の剃髪所」と云われていて弘法大師が自身の像を刻み現在の寺名に改めた

 

【2016年 逆打ち 車遍路】

ここには、弘法大師の母、玉依御前を祀る御母公堂がある。

↓本堂

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↓大師堂

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モミジがグラデーションに紅葉してました

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御朱印

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19番札所 立江寺[たつえじ]

橋池山 摩尼院 立江寺

本尊:延命地蔵菩薩

本尊真言:おん かかかびさんまえい そわか

ご詠歌:いつかさて 西の住居の わが立江 弘誓の船に 乗りていたらん

 

【2016年 逆打ち 車遍路】

駐車場が分かりにくかったです
大師堂は、法事を行っていたので、お経をあげるのは遠慮させて頂きました

↓仁王門

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↓本堂

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御朱印

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