タクボンのお遍路日記

お遍路の事を綴っていきます

62番札所 宝寿寺[ほうじゅじ]

天養山 観音院 宝寿寺

本尊:十一面観音菩薩

本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか

ご詠歌さみだれの あとに出でたる 玉の井は 白坪なるや 一の宮

 

寺伝によれば聖武天皇の勅願によって天平年間(729年 – 748年)に、道慈律師によって建立され金剛宝寺と名付けられた。大同年間(806年 – 810年)に空海弘法大師)が逗留し光明皇后を模写した十一面観世音菩薩像を刻んで本尊とし、現在の寺名に改めたという。この頃国司だった越智氏の夫人が難産で空海に祈念を頼んだ。空海宝寿寺境内の玉ノ井の水を加持し越智夫人に与えたところ、夫人は玉のような男子を無事出産した。これにより本尊は安産の観音として信仰を集めている。

1585年(天正13年)羽柴秀吉の戦禍によって荒廃。1636年(寛永13年)宥伝上人によって現在地付近に移されて再興。

明治初期の廃仏毀釈によって廃寺となったが、大石龍遍上人によって1877年(明治10年)に再興され、1921年(大正10年)に予讃線工事に伴い現在地に移転した。

2015年、四国八十八か所巡りの寺院(札所)でつくる「四国八十八ヶ所霊場会」に同会の運営要領を遵守するようになどと民事提訴された[4][5]が、2017年に霊場会の請求は棄却された。

 

【2016年 逆打ち 車遍路】

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本堂で納経した後、大師堂に向かおうとした時、先の吉祥寺で再会したツアー客のジャンボタクシーが駐車場に入ってくるのが見えたから、先に納経所で御朱印してもらった。

あのツアー客が、逆打ちというのが分かって、警戒していた甲斐があった。

で、納経所で順番を待ちながら、キョロキョロしていると、貼り紙に、受付時間は8時から、休憩時間は1時間と書かれてた。

普通、7時から納経所は開く。

噂では、そういう寺院が1ヶ寺あると聞いてたけど、ココだったんですね

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【2017年7月1日 歩き遍路】

裁判沙汰後に訪問。

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外から見た感じは、以前と変わらない。

ただ、境内に入ると、参拝者は、誰もいない。

梅雨時期だとしても、土曜日に参拝者がいないのは・・・

なんだか、寂しい雰囲気が漂う。

納経を済ませて、自分が出発する時に、やっと、一人歩き遍路の方がやって来た。